記憶というのは、静かに保存されている「記録」ではなく、思い出すたびに形を変える「生成物」だ──前回までの記事でそんな話をしてきました。
今回は、その“生成される記憶”の性質がもっともよく現れる部分、つまり
- なんで記憶は曖昧になるのか?
- なんで間違って思い出すのか?
- なんでいきなり昔のことを思い出すのか?
この3つをテーマにしていきます。
答えを先にまとめると、脳は“その場で再構成している”からぶれるし、揺れるし、混ざるんですね。
記憶は録画じゃない。毎回“作り直されている”
よく「昔の記憶が曖昧になるのは、脳が劣化してきたからだ」と思われがちですが、本当はまったく逆です。
脳は、保存されている“データ”を取り出すのではなく、点と線の模様(ネットワーク)に従って“再生成”しているだけ。
同じレシピでも毎回ちょっと味が変わるスープのようなもので、一定はしてるけど、完全に同じにはならないんです。
だからこういうことが起こる:
- 思い出すたびに細部が変わる
- 覚えていたはずの場面が少しズレる
- 自信満々だったのに実は間違っていた
これらすべて「脳の普通の挙動」です。欠陥ではなく、そういう仕組みなんですね。
記憶違いの正体は“ネットワークの混線”
記憶違いが起きるとき、脳の中では何が起こっているのか?
単純に言えば、似たパターン同士が混ざるんです。
脳は点と線の模様で記憶を持っています。そして似た模様は互いに近い場所にある。だから、
- Aという出来事の模様
- Bという出来事の模様
が少し似ていると、思い出すときにAの線をたどっていたはずが、途中からBの線に入ってしまう。これが「記憶違い」です。
これは生成AIでいう「指の形がちょっとおかしい」「犬と猫が混ざる」といった現象と同じ。特徴が近いと混ざるんです。
つまり、人間の記憶違いは“ミス”というより、“生成処理の仕様”みたいなもの。
忘れるのは“劣化”ではなく、小さな“剪定(せんてい)”
よく使う線(シナプス)は強く太くなる一方で、使わない線は細く、弱くなっていきます。
この“線が細くなる”ことをぼくらは「忘れた」と感じるわけです。
でもこれは単なる劣化ではなく、庭の木の枝を整える剪定と同じ。必要な枝を残し、不要な枝を整理することで全体が健全になるんですね。
脳も同じで、思い出す確率の低い線を弱めることで、必要な模様をスムーズに立ち上げられるようにしているんです。
忘却は欠陥ではなく、むしろ最適化の一部。
いきなり思い出す理由:連想ネットワークが勝手に走り出す
突然「あ、そういえば…!」と昔のことがよみがえることがありますよね。
あれは、脳が「デフォルトモード」と呼ばれる、ぼーっとしている状態のときに起こりやすい。
このとき、脳は勝手に点と線(記憶ネットワーク)をたどっていて、その過程でどこかの模様がパチッと閾値を超えて立ち上がると、一気に“フラッシュバック”のように蘇ります。
匂いで急に昔の記憶が戻るのも同じ。匂いは点と線のネットワークの「入り口」を強く刺激するから、そこから模様全体が再生成されるんですね。
脳もAIも、結果がブレるのは“生成方式”だから
脳が記憶を「保存」ではなく「生成」しているという事実は、生成AIの性質とかなり重なります。
- AIが画像を生成するたびに微妙に違う仕上がりになる
- ノイズが混ざったり、似た特徴を取り違えたりする
こうした現象は、脳の「記憶違い」や「曖昧さ」とほぼ同じ原理で起きている。
つまり、ぼくらが時々変なことを思い出すのは不思議でも何でもなくて、脳が“生成型の記憶システム”だから当然起きる現象なんです。
曖昧さは欠陥ではなく、柔軟さの証拠
脳が曖昧な記憶を持つのは、弱点ではありません。むしろ、曖昧だからこそ、
- 過去の経験を組み合わせて新しい発想ができる
- 古い記憶と新しい情報の関連付けがしやすい
- 想像力が働く
というメリットがあります。
曖昧な記憶があるから、ぼくらはクリエイティブになれる。忘れるからこそ、必要な情報だけを再構築できる。
脳は最初から「曖昧であること」を前提に設計されているんです。
次回は、**「繰り返すとなぜ記憶が強くなるのか?」**という、ほとんどの人が気になっているポイントに触れます。道路が太くなり、レシピが強化され、模様がくっきりしていく──そんな記憶強化の仕組みを、生成AIとの比較も交えながら解説します。
