1. 受動的な情報処理との違い
昔は、脳は「刺激→反応」の単純な処理装置だと思われていました。カメラが光を記録するように、脳も外の世界をそのまま写し取るだけだと考えられていたのです。
でも、実際は全然違います。脳は:
受動的(古い考え方)
- 外界の情報を待つ
- 入ってきた情報を処理
- 反応を出力
能動的(現在の理解)
- 「次はこうなるだろう」と予測を生成
- 予測に基づいて感覚情報を探しに行く
- 予測と違ったら、モデルを更新
2. 内部モデル(生成モデル)の構築
脳の中には、「世界はこうなっているはずだ」という内部モデルがあります。これを専門用語で「生成モデル(generative model)」と言います。
例えば:
- 「物は下に落ちる」(物理モデル)
- 「人の顔には目が2つある」(物体認識モデル)
- 「朝になったら明るくなる」(時間的予測モデル)
これらのモデルは、赤ちゃんの頃から経験を通じて構築されていきます。
3. 能動的推論(Active Inference)
ここが面白いところですが、脳は単に予測するだけでなく、予測を確かめるために行動するのです。
具体例:暗い部屋で何かに触れた時
- 触覚情報:「何か硬いものがある」
- 内部モデルが予測を生成:「机かもしれない」
- 能動的な探索:手を動かして形を確かめる
- 予測の検証:「角があって平らだ、やっぱり机だ」
これが「能動的」たる所以です。脳は仮説を立てて、それを検証するために積極的に情報を取りに行くのです。
4. 階層的な世界モデル
脳の世界モデルは階層構造になっています:
低次レベル
- エッジ、色、動きの予測
- ミリ秒単位の変化
中間レベル
- 物体の形、顔の認識
- 秒単位の変化
高次レベル
- 概念、信念、目標
- 分〜時間単位の変化
この階層全体が協調して、複雑な世界のモデルを作り上げています。
5. 予測誤差によるモデル更新
ここが非常に重要ですが、脳は予測が外れた時に学習するのです。
予測誤差 = 実際の感覚入力 - 予測された感覚入力
この予測誤差が大きい時:
- 「おっ、何か予想と違うぞ」
- 注意が向けられる
- 内部モデルが更新される
6. 実例:「中空の顔錯視」
これは非常に興味深い例です。凹んでいる顔のマスクを見ても、脳は「顔は凸だ」という強力な内部モデルを持っているため、凹んでいても凸に見えてしまうのです。
これこそ、脳が受動的に見ているのではなく、能動的にモデルを当てはめて世界を解釈している証拠です。
7. 臨床的な意味
この「能動的なモデル構築」の異常が、様々な精神疾患と関連しています:
統合失調症
- 内部モデルが強すぎて、現実を上書きしてしまう
- 幻聴は「誰かが話しているはず」という予測の暴走
自閉症スペクトラム
- 予測の精度が高すぎて、小さな誤差も許容できない
- だから予測しにくい社会的状況が苦手
うつ病
- ネガティブな予測モデルが固定化
- 「どうせ失敗する」という予測が現実の解釈を歪める
まとめ
つまり、「能動的に世界のモデルを構築する」というのは:
- 脳は待っているだけでなく、積極的に予測を作る
- その予測を確かめるために行動する
- 予測と現実のズレから学習する
- このサイクルを繰り返して、より正確な世界モデルを作り上げる
これが現代の脳科学が示す、人間の認知の本質です。単なる刺激-反応装置ではなく、世界の因果構造を理解しようとする科学者のようなものなのです。
